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Posted by だてBLOG運営事務局 at

2014年04月01日

一般社会には

パラドックス(paradox) といえば、一見すると正しそうに見える前提があり、
それに対して妥当に見える推論をすると、
なんとも受け入れがたい結論が得られるもののことをいう。
たとえば、
有名なもので言えば『ゼノンのパラドックス』と呼ばれるもの。
その中には、「アキレスと亀の競争で、アキレスは亀に追いつけない」や
「飛んでいる矢は止まっている」というものがある。
論理的に見えて如新集團、論理が破綻しているもの。

また、そういったものと似て非なるものに『アンチノミー』というのがある。
日本語にすると「二律背反」。
これは、片方が成り立てば、片方が成り立たないもののことを言う。
「矛盾」などがこれにあたる。

一般社会には、そんなにもあるモノではないが、
政治の世界ではよく見かける。

CNN News には、日々更新されるニュースの中に
"odd news(おかしな話題)" のコーナーがある。
今日見ると、その中に「アメリカとロシアの飛行士、ソユーズでISSへ」
というのが入っていたnuskin 如新
ロシアの有人宇宙船「ソユーズ」が、アメリカ人宇宙飛行士を乗せて
バイコヌール基地から26日に打ち上げられたというもの。
本来ならば、”おかしな話題” でもないはずだが、
ここしばらく、オバマ大統領がロシアに対する経済制裁や強い態度を表明している。
それにもかかわらず、(ストップもせず)
仲良く宇宙開発をしているという事が、”おかしな” ということらしい。

世界もおかしいが、日本に目を向けると、今日のニュースに
みんなの党の渡辺喜美代表が8億円借り入れた事が問題となっていた。
巨額の使途を訊ねられ康泰導遊
「酉の市で、かなり大きい熊手」を買ったことを挙げていた。
「8億円で挙げたものが、熊手?」

おっ、ここにもパラドックス、、、  


Posted by kiko at 17:38Comments(0)nuskin

2014年03月17日

気まずい空気が漂った

 僕は駅に向かって走っていた。仕事の打ち合わせに遅れそうだったのだ。
 この日会う相手とは、過去にも待ち合わせに遅れた事がある。さすがに二度は遅刻できない。四十一歳の全力疾走。もちろん長くは続かない。しかし立ち止る訳にはいかなかった。とにかく夢中で足を進めた。

 駅に辿り着くとエスカレーターを駆け上った康泰自由行。自動改札機にパスモを叩きつけホームへと向かった。目的の電車が見える。その扉は今まさに閉まろうとしていた。最後の力で右足を伸ばし華麗なる舞を見せる。僕の肉体が車内へと飛び込んだ。背後で扉が閉まる。
 セーフだった。ぎりぎりセーフだった。乱れに乱れた息を全身で整えた。すべてを出し切った達成感が僕を優しく包んでくれた。

 もっともすぐに「駆け込み乗車はご遠慮ください」と車内アナウンスで怒られてしまった。我に返ると車内の乗客が全員笑っているように感じた。なんだか急に恥ずかしくなった僕はごまかすように隣りの車両へと移動した。

 車両を移ってしまうと、予定の電車に乗れた事による安堵感がやってきた。これで遅刻はしないですむだろう。ホッとすると心の余裕が戻ってきた。
 昼過ぎの割には車内に乗客の姿が多かった。吊革につかまると、隣には若い二人組のサラリーマンが立っていた。

 彼らは会社の上司について話をしているようだった。一人が話役でもう一人は聞き役だった。どうやら彼らの部署の課長さんがどうにも役に立たない人物のようで、話役の彼はたいそうご立腹の様子だった。興味津々の僕はしっかりと聞き耳を立てていた。

 課長さんに対する愚痴はそれからしばらく続いた。会社勤めも色々と大変なのね。そう思いながら聞いていると、話役の彼は「それよりもっと許せない奴がいる」と告白した。それは一体誰だ? 彼は声を潜めて言った「デ部長だよ」と。
 それに反応して笑い声が出た。聞き役の男ではなく、僕の口から。
 しまった。一瞬とは言え油断した。話していた彼らは同時にこちらを見た。僕は目を逸らし何度か咳払いをしてやり過ごした。しかし彼らはそこでぴったりと会話を止めてしまった。聞き耳を立てていたのはバレバレだった。

 気まずい空気が漂った。僕は何気を装い車両を移ろうと思った。しかしそこは先頭車両だった。反対側に戻れば先ほど華麗なる舞を披露した車両を再び通り過ぎる事になる康泰領隊。それもそれでなんだか……

 結局次に停車した駅で電車を降りた。あの妙な気まずさに耐えるぐらいなら、後続を待った方がマシだった。ホッと息を吐き、ちょっと考えた。そして次の電車がやってきた頃、自分がとんでもないミスをした事に気付いた。待ち合わせの時間が……

 僕は前回に引き続き二度目の遅刻をした。
 電車内の事を正直に話す訳にもいかず「忘れた資料を取りに戻った」と嘘の言い訳した。有難い事に相手は何事も無かったように許してくれた。優しいのだ。しかし次はどうかわからないnuskin 如新。三度目の正直じゃないけれど今度は絶対遅刻できない。でも仏の顔も三度までならと……いやいや。

 とにもかくにも次から早く家を出よう。遅刻するたび立てる誓いを、性懲りもなく繰り返すのであった。  


Posted by kiko at 17:03Comments(0)nuskin

2014年02月27日

関西では

「ふぐ 鍋」のことを関西では「てっちり」と呼んだりする。
「ちり」は、魚などの切り身鍋のことを言い、
「鱈(たら)ちり」や「鯛ちり」などと呼ぶdermes 價錢
フグだけは、直接的な名前ではなく「てっ」というのが頭につく。
これは、「てっぽう(鉄砲)」の意味で、「時には(フグの毒に)当たって命を落とす」という
しゃれた(?) 意味を重ねた雅号でもある。

関西では、(今では使われることはないが)、「てっぽう」は「ウソ」の意味。
上方落語のネタに『鉄砲勇助』というのがあるが、
「鉄砲(=ウソ)を言う」ところからモジッた名前。
まさに、その名の如く、ホラ吹き咄(ばな)し。
木曽を旅した話や冬の北海道を旅した冒険談が出てくる。
ネタを簡単に紹介すると、
「北海道は、あまりに寒いため『おはよう』という言葉が凍りついてしまったり、
寒さで火事も凍ってしまうと、自慢話のように語る。
その火事の火も燃え上がったまま凍ってしまっているので、
”のこぎり”で切り分けるのが消火活動という。
切り分けた火事の火を牛に載せて運んでいたところ、
鍛冶屋の熱で火事が蘇(よみがえ)り、牛が焼けてローストビーフになったとか、
寒さをネタにした荒唐無稽な話が満載といった落語香港如新


実際に、寒いところは現実に思いがけないことができたりする。
CNN News を見ていると、
「氷の楽器でオーケストラ」という記事が出ていた。
それによると、スウェーデンの北部の街ルーレオでは、
冬の間、氷のオーケストラによるコンサートが開かれているという。
バイオリンもビオラ、チェロ、コントラバスも、
弦や金属部品などを除けばすべて氷でできているという。
また、球形の「バブル・ドラム」という独特の氷楽器もある。

まるで、『鉄砲勇助』のホラ話が、そのまま続いているようだが、
こればっかりは、本当の話nu skin 如新
氷の楽器制作者のリンハート氏は、
今度は、氷でできた超軽量の飛行機の開発を考えているという。

ただ、飛行中、氷が溶けてくることもあるだろうと考えると、
これは何とも「寒い話」。  


Posted by kiko at 12:57Comments(0)nuskin

2014年01月20日

そう思った

寒い日が続いている。駅からの帰り道、まさに冷凍寸前だった。
この時僕は暖かいものを求めていた。暖かい何かを。非常に抽象的な言い方で申し訳ないのだが、具体的に何を欲しがっているのか思い浮かばない香港如新集團。暖かな、何かだ。

その時、妻から携帯にメールが届いた。
「今夜はお鍋にします」という内容だった。お鍋か……確かにこれも暖かい。でも、お鍋はどちらかと言うと「暖かい」より「温かい」に属するよな、なんて思った。
しかしそれでも冷えた体にお鍋という言葉は結構効いた。たっぷりの野菜と鱈の切り身、それに豚肉を土鍋に入れ、ぐつぐつと炊きあげる。焼酎のお湯割りにレモンを絞る。
あ、求めていたのはやっぱりこれかも。畳み掛けるように妻から再びメールが届く「熱々のお鍋ですよ。早く帰ってきて」なんだか堪らなくなってきた。僕は小走りで家に向かった。

しかしその一方で、わざわざ二度もメールを送ってくる妻に多少の警戒心があった。家に戻ると彼女は早速こう言った。
「ごめん、土鍋落として割っちゃった。今から買ってきて」やっぱりそうきたか。何かあるとは思っていたのだ。僕は再び家を出て、近所のホームセンターに向かう事となった。

ホームセンターで土鍋はすぐに見つかった。カートに入れてレジに向かう。
その途中、僕は視線を感じて足を止めた。嫌な予感がした。恐る恐る振り返った。するとそこには、つぶらな瞳で僕を見つめる子猫がいた。ペットコーナーだった。
しまった……と思った。僕はこの店に来る時は意図的にペットコーナーを見ないようにしていた。しかし今日はどうした訳か足を止めてしまった。
目が合った子猫は、偶然にも以前飼っていた猫と同じ種類の子だった牛欄牌回收。エキゾチック・ショートヘアという猫。僕はカートを引っ張り、ショーケースの前まで移動した。

それからしばらくの時間、子猫を見ていた。ペットショップに意図的に立ち寄らない理由はこれだった。その場から離れられなくなってしまうのだ。
よほど熱心に見えたのか、店員のお姉さんがやってきた。
そして「抱っこしてみます?」なんて聞いてきた。僕は慌てて断った。しかしそれは無視された。ショーケースから子猫を連れて僕に手渡してくる。受け取らない訳にはいかなかった。
ふわふわとした子猫は不安そうに小さな声で鳴いた。とても暖かかった。懐かしい暖かさだった。求めていたものが何であるのかを思い出した。それで十分だった。僕は壊れやすい美術品でも扱うようにお姉さんに子猫を返した。

僕が飼っていた猫は十二歳の時に怪我が原因で死んでしまった。命あるものは必ず没すると何かの本で読んだ。あれからもう五年が経つ。
死んでしまった直後はずいぶん引きずったものだが、最近は少しずつ思い出す事が減っている。それが良い事なのか、冷たい事なのか自分では判断できない。
僕は猫が好きなのでまたいつか飼える日が来ればいいなあ、なんて思っている。ただ、それは決して今じゃなかった。

お姉さんは熱心に子猫を勧めてきたけど、命あるのもだから無責任に連れて帰る訳にはいかない。ここははっきりと断った。
すると彼女は僕のカートを指さし「猫って土鍋の中に入って眠っちゃうんですよnu skin香港。可愛いですよねえ」なんて言ってきた。勘弁してほしかった。
家に帰る時間がさらに遅くなりそうだった。まあでも……別にいいか。そう思った。  


Posted by kiko at 11:59Comments(0)nuskin