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2014年04月08日

はてなブックマーク

サンタクロースは見た人は未だかっていません。けれどもそれはサンタクロースがいないと言う証明にはならない。同様に現在にあってイエス・キリストを見た人はいません。けれどイエス・キリストがいないと言う証明にはなりません。

今年の4月20日の日曜日は『復活祭』で『イースター』とも呼ぶ。キリスト教徒に取ってはクリスマスより重要で特別な日なのです。日本では馴染みが薄い『復活祭』は毎年違う日なので慣れないと戸惑います。一般に言われているのは、春分の日以降で最初の満月の日の次の日曜日で、それはキリストが死後3日目にして甦ったことを記念として、また春の自然の甦りを祝うお祭りと言われている。復活の象徴の卵を食べたり、ペインティングした卵を贈り合ったりして盛大に祝ったりしている。

『復活』と言うとクリスチャンでない方からは「まさか、本当なの」と思うかもしれません。しかし聖書を読むと少なくとも500人以上の人々が復活した後のイエス・キリストに見たり会っています。当時のペテロ、ヤコブ、ヨハネと言った使徒は自分の目で確かめました。また、新約聖書に書かれている手紙の大部分を書いた使徒パウロも最初の頃は、キリスト教徒やクリスチャンを迫害していました。その彼が後に大改心したのです。行動的なパウロは、その結果、今度は自分が迫害されることになるのを承知でクリスチャンになったのも、復活後のイエス・キリストが彼に現われたからであるという証をしています。

「わたしはよみがえりであり,命である。わたしを信じる者は,たとい死んでも生きる。また,生きていて,わたしを信じる者は,いつまでも死なない」とヨハネの福音書11:25~26に書かれています。これはイエス・キリストの言葉です。つまりイエスがよみがえられたように、イエスを最後まで信じる者は永遠の命を与えられると言う約束です。

では、なぜイエスは十字架で死なれたのでしょうかと言う疑問が有りますが、それは父なる神の御心を全て成就する為でした。全ての人類は過ち多い不完全な存在なのです。そこで私達の全ての犯した過ちや罪を自身に負い犠牲となってイエス様は十字架上で死なれました。そして3日後に復活しました。詳しい話は聖書に書いています。

ここで言われている過ちや罪は、殺人と盗み等が思うかも知れませんが、嘘を言ったり、噂話し、不倫、恨み、嫉妬、妬み、羨む等、心の中で思ったりした罪を言います。他にもあると思います。そんな些細な罪がと言いますが、これらを全て改めなければなりません。  


Posted by kiko at 16:15Comments(0)記事

2014年04月08日

はてなブックマーク

サンタクロースは見た人は未だかっていません。けれどもそれはサンタクロースがいないと言う証明にはならない。同様に現在にあってイエス・キリストを見た人はいません。けれどイエス・キリストがいないと言う証明にはなりません。

今年の4月20日の日曜日は『復活祭』で『イースター』とも呼ぶ。キリスト教徒に取ってはクリスマスより重要で特別な日なのです。日本では馴染みが薄い『復活祭』は毎年違う日なので慣れないと戸惑います。一般に言われているのは、春分の日以降で最初の満月の日の次の日曜日で、それはキリストが死後3日目にして甦ったことを記念として、また春の自然の甦りを祝うお祭りと言われている。復活の象徴の卵を食べたり、ペインティングした卵を贈り合ったりして盛大に祝ったりしている。

『復活』と言うとクリスチャンでない方からは「まさか、本当なの」と思うかもしれません。しかし聖書を読むと少なくとも500人以上の人々が復活した後のイエス・キリストに見たり会っています。当時のペテロ、ヤコブ、ヨハネと言った使徒は自分の目で確かめました。また、新約聖書に書かれている手紙の大部分を書いた使徒パウロも最初の頃は、キリスト教徒やクリスチャンを迫害していました。その彼が後に大改心したのです。行動的なパウロは、その結果、今度は自分が迫害されることになるのを承知でクリスチャンになったのも、復活後のイエス・キリストが彼に現われたからであるという証をしています。

「わたしはよみがえりであり,命である。わたしを信じる者は,たとい死んでも生きる。また,生きていて,わたしを信じる者は,いつまでも死なない」とヨハネの福音書11:25~26に書かれています。これはイエス・キリストの言葉です。つまりイエスがよみがえられたように、イエスを最後まで信じる者は永遠の命を与えられると言う約束です。

では、なぜイエスは十字架で死なれたのでしょうかと言う疑問が有りますが、それは父なる神の御心を全て成就する為でした。全ての人類は過ち多い不完全な存在なのです。そこで私達の全ての犯した過ちや罪を自身に負い犠牲となってイエス様は十字架上で死なれました。そして3日後に復活しました。詳しい話は聖書に書いています。

ここで言われている過ちや罪は、殺人と盗み等が思うかも知れませんが、嘘を言ったり、噂話し、不倫、恨み、嫉妬、妬み、羨む等、心の中で思ったりした罪を言います。他にもあると思います。そんな些細な罪がと言いますが、これらを全て改めなければなりません。  


Posted by kiko at 16:15Comments(0)記事

2014年04月01日

一般社会には

パラドックス(paradox) といえば、一見すると正しそうに見える前提があり、
それに対して妥当に見える推論をすると、
なんとも受け入れがたい結論が得られるもののことをいう。
たとえば、
有名なもので言えば『ゼノンのパラドックス』と呼ばれるもの。
その中には、「アキレスと亀の競争で、アキレスは亀に追いつけない」や
「飛んでいる矢は止まっている」というものがある。
論理的に見えて如新集團、論理が破綻しているもの。

また、そういったものと似て非なるものに『アンチノミー』というのがある。
日本語にすると「二律背反」。
これは、片方が成り立てば、片方が成り立たないもののことを言う。
「矛盾」などがこれにあたる。

一般社会には、そんなにもあるモノではないが、
政治の世界ではよく見かける。

CNN News には、日々更新されるニュースの中に
"odd news(おかしな話題)" のコーナーがある。
今日見ると、その中に「アメリカとロシアの飛行士、ソユーズでISSへ」
というのが入っていたnuskin 如新
ロシアの有人宇宙船「ソユーズ」が、アメリカ人宇宙飛行士を乗せて
バイコヌール基地から26日に打ち上げられたというもの。
本来ならば、”おかしな話題” でもないはずだが、
ここしばらく、オバマ大統領がロシアに対する経済制裁や強い態度を表明している。
それにもかかわらず、(ストップもせず)
仲良く宇宙開発をしているという事が、”おかしな” ということらしい。

世界もおかしいが、日本に目を向けると、今日のニュースに
みんなの党の渡辺喜美代表が8億円借り入れた事が問題となっていた。
巨額の使途を訊ねられ康泰導遊
「酉の市で、かなり大きい熊手」を買ったことを挙げていた。
「8億円で挙げたものが、熊手?」

おっ、ここにもパラドックス、、、  


Posted by kiko at 17:38Comments(0)記事nuskin

2014年03月17日

気まずい空気が漂った

 僕は駅に向かって走っていた。仕事の打ち合わせに遅れそうだったのだ。
 この日会う相手とは、過去にも待ち合わせに遅れた事がある。さすがに二度は遅刻できない。四十一歳の全力疾走。もちろん長くは続かない。しかし立ち止る訳にはいかなかった。とにかく夢中で足を進めた。

 駅に辿り着くとエスカレーターを駆け上った康泰自由行。自動改札機にパスモを叩きつけホームへと向かった。目的の電車が見える。その扉は今まさに閉まろうとしていた。最後の力で右足を伸ばし華麗なる舞を見せる。僕の肉体が車内へと飛び込んだ。背後で扉が閉まる。
 セーフだった。ぎりぎりセーフだった。乱れに乱れた息を全身で整えた。すべてを出し切った達成感が僕を優しく包んでくれた。

 もっともすぐに「駆け込み乗車はご遠慮ください」と車内アナウンスで怒られてしまった。我に返ると車内の乗客が全員笑っているように感じた。なんだか急に恥ずかしくなった僕はごまかすように隣りの車両へと移動した。

 車両を移ってしまうと、予定の電車に乗れた事による安堵感がやってきた。これで遅刻はしないですむだろう。ホッとすると心の余裕が戻ってきた。
 昼過ぎの割には車内に乗客の姿が多かった。吊革につかまると、隣には若い二人組のサラリーマンが立っていた。

 彼らは会社の上司について話をしているようだった。一人が話役でもう一人は聞き役だった。どうやら彼らの部署の課長さんがどうにも役に立たない人物のようで、話役の彼はたいそうご立腹の様子だった。興味津々の僕はしっかりと聞き耳を立てていた。

 課長さんに対する愚痴はそれからしばらく続いた。会社勤めも色々と大変なのね。そう思いながら聞いていると、話役の彼は「それよりもっと許せない奴がいる」と告白した。それは一体誰だ? 彼は声を潜めて言った「デ部長だよ」と。
 それに反応して笑い声が出た。聞き役の男ではなく、僕の口から。
 しまった。一瞬とは言え油断した。話していた彼らは同時にこちらを見た。僕は目を逸らし何度か咳払いをしてやり過ごした。しかし彼らはそこでぴったりと会話を止めてしまった。聞き耳を立てていたのはバレバレだった。

 気まずい空気が漂った。僕は何気を装い車両を移ろうと思った。しかしそこは先頭車両だった。反対側に戻れば先ほど華麗なる舞を披露した車両を再び通り過ぎる事になる康泰領隊。それもそれでなんだか……

 結局次に停車した駅で電車を降りた。あの妙な気まずさに耐えるぐらいなら、後続を待った方がマシだった。ホッと息を吐き、ちょっと考えた。そして次の電車がやってきた頃、自分がとんでもないミスをした事に気付いた。待ち合わせの時間が……

 僕は前回に引き続き二度目の遅刻をした。
 電車内の事を正直に話す訳にもいかず「忘れた資料を取りに戻った」と嘘の言い訳した。有難い事に相手は何事も無かったように許してくれた。優しいのだ。しかし次はどうかわからないnuskin 如新。三度目の正直じゃないけれど今度は絶対遅刻できない。でも仏の顔も三度までならと……いやいや。

 とにもかくにも次から早く家を出よう。遅刻するたび立てる誓いを、性懲りもなく繰り返すのであった。  


Posted by kiko at 17:03Comments(0)記事nuskin

2014年02月27日

関西では

「ふぐ 鍋」のことを関西では「てっちり」と呼んだりする。
「ちり」は、魚などの切り身鍋のことを言い、
「鱈(たら)ちり」や「鯛ちり」などと呼ぶdermes 價錢
フグだけは、直接的な名前ではなく「てっ」というのが頭につく。
これは、「てっぽう(鉄砲)」の意味で、「時には(フグの毒に)当たって命を落とす」という
しゃれた(?) 意味を重ねた雅号でもある。

関西では、(今では使われることはないが)、「てっぽう」は「ウソ」の意味。
上方落語のネタに『鉄砲勇助』というのがあるが、
「鉄砲(=ウソ)を言う」ところからモジッた名前。
まさに、その名の如く、ホラ吹き咄(ばな)し。
木曽を旅した話や冬の北海道を旅した冒険談が出てくる。
ネタを簡単に紹介すると、
「北海道は、あまりに寒いため『おはよう』という言葉が凍りついてしまったり、
寒さで火事も凍ってしまうと、自慢話のように語る。
その火事の火も燃え上がったまま凍ってしまっているので、
”のこぎり”で切り分けるのが消火活動という。
切り分けた火事の火を牛に載せて運んでいたところ、
鍛冶屋の熱で火事が蘇(よみがえ)り、牛が焼けてローストビーフになったとか、
寒さをネタにした荒唐無稽な話が満載といった落語香港如新


実際に、寒いところは現実に思いがけないことができたりする。
CNN News を見ていると、
「氷の楽器でオーケストラ」という記事が出ていた。
それによると、スウェーデンの北部の街ルーレオでは、
冬の間、氷のオーケストラによるコンサートが開かれているという。
バイオリンもビオラ、チェロ、コントラバスも、
弦や金属部品などを除けばすべて氷でできているという。
また、球形の「バブル・ドラム」という独特の氷楽器もある。

まるで、『鉄砲勇助』のホラ話が、そのまま続いているようだが、
こればっかりは、本当の話nu skin 如新
氷の楽器制作者のリンハート氏は、
今度は、氷でできた超軽量の飛行機の開発を考えているという。

ただ、飛行中、氷が溶けてくることもあるだろうと考えると、
これは何とも「寒い話」。  


Posted by kiko at 12:57Comments(0)nuskin

2014年01月20日

そう思った

寒い日が続いている。駅からの帰り道、まさに冷凍寸前だった。
この時僕は暖かいものを求めていた。暖かい何かを。非常に抽象的な言い方で申し訳ないのだが、具体的に何を欲しがっているのか思い浮かばない香港如新集團。暖かな、何かだ。

その時、妻から携帯にメールが届いた。
「今夜はお鍋にします」という内容だった。お鍋か……確かにこれも暖かい。でも、お鍋はどちらかと言うと「暖かい」より「温かい」に属するよな、なんて思った。
しかしそれでも冷えた体にお鍋という言葉は結構効いた。たっぷりの野菜と鱈の切り身、それに豚肉を土鍋に入れ、ぐつぐつと炊きあげる。焼酎のお湯割りにレモンを絞る。
あ、求めていたのはやっぱりこれかも。畳み掛けるように妻から再びメールが届く「熱々のお鍋ですよ。早く帰ってきて」なんだか堪らなくなってきた。僕は小走りで家に向かった。

しかしその一方で、わざわざ二度もメールを送ってくる妻に多少の警戒心があった。家に戻ると彼女は早速こう言った。
「ごめん、土鍋落として割っちゃった。今から買ってきて」やっぱりそうきたか。何かあるとは思っていたのだ。僕は再び家を出て、近所のホームセンターに向かう事となった。

ホームセンターで土鍋はすぐに見つかった。カートに入れてレジに向かう。
その途中、僕は視線を感じて足を止めた。嫌な予感がした。恐る恐る振り返った。するとそこには、つぶらな瞳で僕を見つめる子猫がいた。ペットコーナーだった。
しまった……と思った。僕はこの店に来る時は意図的にペットコーナーを見ないようにしていた。しかし今日はどうした訳か足を止めてしまった。
目が合った子猫は、偶然にも以前飼っていた猫と同じ種類の子だった牛欄牌回收。エキゾチック・ショートヘアという猫。僕はカートを引っ張り、ショーケースの前まで移動した。

それからしばらくの時間、子猫を見ていた。ペットショップに意図的に立ち寄らない理由はこれだった。その場から離れられなくなってしまうのだ。
よほど熱心に見えたのか、店員のお姉さんがやってきた。
そして「抱っこしてみます?」なんて聞いてきた。僕は慌てて断った。しかしそれは無視された。ショーケースから子猫を連れて僕に手渡してくる。受け取らない訳にはいかなかった。
ふわふわとした子猫は不安そうに小さな声で鳴いた。とても暖かかった。懐かしい暖かさだった。求めていたものが何であるのかを思い出した。それで十分だった。僕は壊れやすい美術品でも扱うようにお姉さんに子猫を返した。

僕が飼っていた猫は十二歳の時に怪我が原因で死んでしまった。命あるものは必ず没すると何かの本で読んだ。あれからもう五年が経つ。
死んでしまった直後はずいぶん引きずったものだが、最近は少しずつ思い出す事が減っている。それが良い事なのか、冷たい事なのか自分では判断できない。
僕は猫が好きなのでまたいつか飼える日が来ればいいなあ、なんて思っている。ただ、それは決して今じゃなかった。

お姉さんは熱心に子猫を勧めてきたけど、命あるのもだから無責任に連れて帰る訳にはいかない。ここははっきりと断った。
すると彼女は僕のカートを指さし「猫って土鍋の中に入って眠っちゃうんですよnu skin香港。可愛いですよねえ」なんて言ってきた。勘弁してほしかった。
家に帰る時間がさらに遅くなりそうだった。まあでも……別にいいか。そう思った。  


Posted by kiko at 11:59Comments(0)nuskin

2014年01月13日

家族の絆

おばあちゃんの知恵袋。
昔はそういう先人の知恵が尊ばれた。

が、今は即、スマホで、ググる。
黒豆の煮方牛欄牌回收
作法のあれこれ。
家の伝統だったりするものであっても、いろんな情報が瞬時に集められる。
おばあちゃんの知恵のほうが、論理性を欠いていたりする。
インターネットの普及で、重鎮老人の価値はうんと下がったと感じる。

子育ても然り。
昔、それも、我々の世代、ほんの30年前と、ころっと違うことをやっていることもある。
食べ物は最たるもの。
我々の時代のことをしようとすると、「こらっ!そんなことしないで!!」と娘に叱られる。

汚い、不潔→衛生的、除菌→無菌
とことんこだわるのもいいが、精密機械工場の無菌室じゃあるまいし。
そんなに無菌で育てたら、抵抗力がなくなると、「ばあさん」であるわたしは、思う。
人間にはある程度の抗体が必要だ。

・・・

家族の絆。
NHKの対談、再放送を昨夜、見た。
家事をしながら見ていたので、よく理解し切れなかったが、姜尚中さんと是枝監督とのお話。
血縁に頼り切るなって言ってたんだっけ?(不確実で、自信がないが)
ここで頑張ってやっていこう、と感じたその土地が、故郷だ、と。
家族は国家につながる牛欄牌回收
ちょっと難しいような、ちょっと怖いような、よくわからなかった。
対談していた人の名前を確認するために、ググってみたら、
なんだか必要以上にヒステリックに叫ぶ記事が多くて、国の問題がからむと、冷静にものごとを見ることができないと感じる。
姜尚中さんが番組最後に言っていた、
「明治」という近代社会のスタートの時代を、今後の研究テーマにしようということであるが、これぐらいしかわからなかった。
是枝監督の言っていることは、けっこうわかったんだけど・・・。

やはり、学者という人は、考えていることが難しすぎて、口に出して説明してくれても、よくわからない。
わたしが、あほなんだろうけれど。
言い回しが直接的ではなく、もって回ったような言い方でハッキリ言わず、もやもやっとして、こころに、びしっと来ない。
もどかしさを覚える。
なんだか、まったく、ほとんどわかっていない、理解できていない自分に、いらいらする。
わたしのブログでの表現も、これに似たものがある。
反省。


・・・

話は戻って・・・
子育ても、自分の子供なら自分が責任を持てばいいが、
(なにか事故があった場合、非難する人間も、非難される人間も、同一人物)
人の子であれば(たとえ娘の子であっても)
なにかあっても責任を取れないので、世話をするにも細心の注意が必要で、非常にストレスがたまる。
これは、私が年をとったというせいもある。
大雑把で、楽天家のわたしには、イマドキの子育ては無理。
とっくの昔にどうにか終わっていてよかった。

そういう具体的な子育て論や、育児ノウハウではなく、もっと観念的、論理的なもの、
NHK番組、家族の問題、期待していたのに、なんだか、自分の理解力不足で、空振りに終わった。
先週の岡田准一と五嶋龍の対談は、100%理解、共感できたのに・・・。
わたしのアタマが如新nuskin產品、重いものは受け付けず、若者寄りなのか?

・・・

日曜日で時間はたっぷりあるはずだったのだが、予定変更となり、
ここで終了。
今からが本題、佳境に入るところなのに、まったくつまらなくて、ごめんなさい。
と、毎度、自己弁護。

皆さま、よい日曜日を。
ではまた。  


Posted by kiko at 15:40Comments(0)牛欄牌奶粉

2013年12月27日

今年読んだ中での

中学時代からの近視の上、老眼も進んできて、
年々、読書が辛くなっていく。

元々、読書大好き人間であるがゆえに中醫針灸減肥
昔のように濫読するのは慎しまなければいけないなぁ、
読む本を選ばなければ・・・・と思うようになった。

今年から『読書メーター』で、読書記録を付けている。

今年は、55冊ほど読んだ。
(他に、つまらなくて記録しなかった本が数冊)
あと、コミックスの「進撃の巨人」を、12巻まで読んだ。
今年の残りは、「永遠の0」他を読み返す予定なので、
これ以上は増えないだろうから不孕症治療
今年読んだ中での、マイベスト10を書いておこう。



第1位 「驕れる白人と闘うための日本近代史」:松原久子

 2位 「祖国とは国語」:藤原正彦

 3位 「日本人の誇り」:藤原正彦

 4位 みをつくし料理帖シリーズ :高田郁

 5位 「博士の愛した数式」:小川洋子

 6位 「永遠の0」:百田尚樹

 7位 「思い出トランプ」:向田邦子

 8位 香菜里屋シリーズ :北森鴻

 9位 「流れる星は生きている」:藤原てい

 10位 「何者」:朝井リョウ



次点というか、読んでいてどうにもストレスフルだったが、
以降、ずっと心に引っ掛かる本として牛欄牌奶粉

 番外 「暴力はいけないことだと誰もがいうけれど」:萱野稔人

暴力は正義でも悪でもなく、人間が抗いようがない自然の摂理であり、
これを統御できるのは、法治のみ。
という結論は肯けるが、
強者は弱者を支配し、搾取する権利がある、
という論理は、欧米のものだろう。
弱肉強食の摂理に、粘り強く対峙する他民族の知恵を、蔑ろにしないでほしいと願う。  


Posted by kiko at 11:36Comments(0)健康

2013年07月20日

奈良天平の時代に描かれた


ポッチャリ系の女の子を「ぷに子」と呼び、
最近、この種の女性がモテると話題になっている。

今まで女性雑誌の表紙を飾ると言えば、スレンダー美女と相場が決まっていたが、
近ごろの雑誌の傾向は違って来ているようだ。
雑誌 "CanCam" の7月号の表紙には
「この夏 ぷに子がかわいい理由」というキャッチコピーが施され、
特集が組まれている。
この「ぷに子」は、ある程度の数値基準があり、
ひたすら太っていてもダメで、
標準的なラインより、少しポッチャリとした程度の人をそう呼ぶようだ。
痩せぎすな人に比べると、
見た目から、たしかに健康そうだ。

奈良天平の時代に描かれた、いわゆる「天平美人」は、
たいてい、少しふっくらとした体形で描かれ、
当節の「ぷに子」の基準を満たしているように思える。
その天平時代は、やはり痩せている事は、良くない傾向と見ていたようだ。
それが見て取れるのは、その時代の歌人・大伴家持の歌に、

「石麻呂(いしまろに)に 吾もの申す 夏痩(や)せに 良しという物ぞ 鰻(うなぎ)とり食(め)せ」

この意味をいえば、
「石麻呂さんに言うんだが、夏痩せには、鰻がいいって言いますよ、
そんなに痩せてちゃ、鰻をとって食べた方がいいデスゾよ」

この石麻呂という人物は、
「多く喫飲すと言えど 形 飢饉(うえびと) に似たり
(多く呑んだり食ったりしているのも関わらず、体形は飢えた人の様だ)と言われていた。
すなわち、かなり「燃費の悪い」人物だったようだ。

そんな家持の歌に対して、
「痩す痩すも 生けらばあらむを~
(いくら痩せていたって、生きていりゃあ、いいじゃないですか?)」と応えている。


痩せていたって、太っていたって、

魅力的なら、いいじゃないですか?
  


Posted by kiko at 11:43Comments(0)